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子宮内膜症との闘い1

 初潮は14歳。18歳になるまで生理痛は感じたことがなかった。生理痛がきつい子は小学生の時から大変な思いをしているらしいので私はまだ良いほうだ。

 大学生になったころから生理痛を感じ始め、就職してからはどんどん生理痛がひどくなっていった。ものすごく痛いのは一日目だけだったので、その一日だけ我慢すれば

なんとかなった。女子ばかりの職場だったので生理痛がひどいのは子宮内膜症かもしれない、という情報はすぐに入ってきた。

 今の若い人達に昔は携帯もインターネットもなかった、と言っても実感は沸かないかもしれない。自分自身もインターネットのない生活など考えられない。病気や病院の情報は口コミと電話帳、自分の足で歩いて病院を見つけるとか、だった。

 25歳くらいから休日を利用して女医さんのいる産婦人科を渡り歩いた。1995年頃だったと思う。ネットは普及し始めても各家庭にパソコンのある時代ではない・・・。

婦人科なので男性医師の病院には行きたくなかった。大学病院なんて、友達が行ったら、カーテンの向こうに研修医がズラッと並んでいてもう最悪だった、と聞いたので考えられなかった。

 でも私が渡り歩いた女医さんたちは皆異常はない、という。しかも冷たい言い方。

産婦人科に行く度に心も体も傷つく感じ。女医さんて冷たい・・・。(今考えると当時女医として独立して開業されてる方々はよっぽど強い女でないと実現しなかったのかもしれない。女医になるだけでも昔は大変だったろう・・・。優しいわけないか。)

 その後生理痛の薬を飲みながら仕事を続け産婦人科巡りはあまりしていなかったが、30歳ぐらいの時、有名な女子アナが子宮がんで亡くなった。その時に自分もガンかもしれない、と急に怖くなって先輩から聞いていた評判の良い Iレディースクリニックに行った。もちろん男性医師ばかりだ。もうこの年なので女医にばかりこだわってられなかった。男性医師でもいいや!勇気を出して診察してもらった。

 「あ~あなた。子宮がん検診にいらっしゃったけど、子宮内膜症という立派な病気です。病気なので診察料金も保険が効きます。」と男性医師からの一言。やっぱり私子宮内膜症だったんだ。しかも保険効くって良かった・・・。このクリニックはいろいろな大学病院から先生が何人も派遣されて来ていて婦人科の病気専門の先生がいたのだ。

 それからこのクリニックには長いことお世話になる。医師によって専門があるのはわかる。でも、38歳ぐらいの時、市の子宮頸がん検診で聞いた地元の産婦人科の医師の一言には驚いた。私が「卵巣膿腫で今腫れてると思うのですけど今日は何センチくらいですか?」と聞いたら一言「僕~、そういうの全然わからないんだよね~」???マジですか?専門ではないにしてもちょっとはわかるんじゃないの?え~~~~~~・・。

 これは本当に驚いた。あまりに正直だからなんて良いやつなんだ、とも思った。そうか最初から産婦人科の女医なんて行かないで婦人科の病気専門のところに行かないと意味なかったんだ。最初から大学病院に行かないとだめだったんだ。改めて思い知らされた医師の一言だった。